Renovation of Development 文化的リノベーションのための対話Renovation of Development 文化的リノベーションのための対話Renovation of Development 文化的リノベーションのための対話Renovation of Development 文化的リノベーションのための対話

大橋会館新聞

2024.05.03

Renovation of Development
文化的リノベーションのための対話

Interview & Text: Yuto Miyamoto | Photo: Tatsuki Nakata

2023年8月にオープンした「大橋会館」は、築48年の同名の建物を大規模にリノベーションし、新たな文脈と役割を付与することで現代に蘇らせた複合施設。街に開かれた場所となるために1階には飲食店や多目的スペースを構え、上階にはオフィスや多拠点生活を可能にするホテルレジデンス、そしてプライベートサウナが入ります。さまざまな用途で使える建物は多様な人々を受け入れ、コミュニティの中と外をつないでいくような「池尻大橋のハブ」になることを目指しています。

コンセプトを決めないこと、ローカルの感覚値を共有すること、プロジェクトを“まとめない”こと。オルタナティブな都市開発のあり方を実践した大橋会館リニューアルの舞台裏を、プロジェクトを担当した東急株式会社の小池和希と301代表の大谷省悟が語りました。(聞き手:宮本裕人)


小池和希|KAZUKI KOIKE
東急株式会社 都市開発事業部・事業戦略G
東急沿線の地権者を対象とした不動産コンサルティング事業を5年間務め、不動産コンサルティングを通じた東急沿線のまちづくりを経験する。その後、二拠点居住者向け賃貸住宅サービス「Re-rent Residence」やサステナブルなまちづくりを目指した「建物の再生事業」、小規模複合施設のリノベーションプロジェクト「大橋会館」のプロジェクトリーダーを務める。

大谷省悟|SHOGO OTANI
株式会社301 代表取締役
2014年に301を創業し、文化と経済の交差点におけるブランド開発やリブランディングプロジェクトを多数主導。2019年、生活空間としての飲食店と仕事空間としてのデザインオフィスが融合した「No.」を代々木上原にオープン。以降、街や施設開発のプロジェクトに深く関わるようになる。

まずは、築48年の大橋会館を2023年にリニューアルすることになった経緯を教えてください。

小池:東急が2022年5月にこの物件を買ったところからプロジェクトがスタートすることになりました。そのときはすぐに建て直すのか、暫定活用してオフィスにするのかといろいろな選択肢がありましたが、個人的には池尻大橋というエリアのポテンシャルを感じていて、それを活かすために複合施設としてリノベーションをしたいと考えていたんです。

池尻大橋には小さいけれど魅力があって、ファンがついている飲食店があります。とはいえその数も多くないし、街歩きをするような街でもないので、渋谷から一駅隣にしてはまだまだ盛り上がっていない。だからこそ、これからもっと注目されるエリアになるんじゃないかと。そこに大橋会館のような大箱の施設ができれば街の顔になりうるし、1階にカフェやバーが入れば街に開かれた場所になっていく──そうした建物ができることで、池尻大橋の魅力がどんどん引き出されていくだろうという期待を持っていました。

301はどういう経緯でプロジェクトに参加することになったんでしょうか?

小池:大橋会館をとにかくビッグネームが名を連ねた商業的な場所にするのではなくて、血の通った場所にしたいと考えていたときに、ディレクションができて、なおかつ1階に入る飲食のリテラシーのある人が必要だと思っていました。そうしたなかで大谷さんを紹介され、場づくりに対する解像度の高さに感銘を受けて301にお願いをすることになりました。

大谷:301側の視点を説明すると、自分たちは「MEANINGFUL CITY」という、都市の便利さや効率さではなく、個人の意味から都市のあり方をどう立ち上げていくかを考えるプロジェクトを5年くらい前から始めていて、どうやったらデベロッパーや都市計画を担う人たちといった「都市のつくり手」と、われわれのような「都市の使い手」をつなげることで街がおもしろくなっていくかをずっと考えていたんですね。

その後自分たちで「No.」というカフェ/バーを代々木上原に立ち上げて、リアルへの視点──コーヒー1杯を通してどういう体験が生まれるのか、という日々の営みへの視点──を得ることになりました。その経験を通して、かっこいい空間が生まれるためにはコンセプトよりもどんな人が集まるかのほうが大事であることなど、「MEANINGFUL CITY」から考えていた都市というテーマに対して、さらに深い視点が生まれていったんです。

和希くんと最初にお会いしたときにそうした話をするなかで、自分は都市の使い手として、彼は都市のつくり手として、それぞれが目指している都市のイメージや現状に対する課題感が合致したところがあるんじゃないかと思います。

「いい空間」にコンセプトはいらない

大橋会館の1階には飲食店を入れ、上階にはホテルレジデンスを入れてリレント事業を行うといった建物の用途は東急側からリクエストがありつつも、クリエイティブ・ディレクションを行うにあたってはコンセプトを決めずに進めていったと伺いました。そうした進め方をしたのはどうしてでしょうか?

大谷:うちがNo.をつくったときもそうでしたが、今回池尻大橋で実際に飲食店をやっているメンバーが会話に入ってくるなかで、「自分たちがいい場所をつくろうと思ったときに、コンセプトとか考えないよね」って話になったんですよ。自分ごととして場所をつくるのは「やりたい」という想いから立ち上がってくるはずで、そこではコンセプトの話ってほとんどしないよねと。

コンセプトというのは、誰かからディレクションを依頼されて、それを他の人に伝えたり、チームを取りまとめたりするための便利なツールではあります。でも伝え方を間違えると、そこから生まれるアイデアが“コンセプトからの大喜利”っぽくなってしまって、本当にやりたいことから離れていく可能性もある。なので、最初からコンセプトを決めてつくるものを規定するのではなく、抽象的かつ感覚的に、「大橋会館がどういう場だったらいいか?」をローカルの仲間も巻き込みながら議論をすることを続けていきました。

例えばラウンジをデザインするのであれば、個々のアイデアについての良し悪しを話すのではなく、「このラウンジってそもそも誰が使うんだっけ?」ということを問い直す。大橋会館の1階に大きいテーブルをつなげてプロジェクトに関わるみんなで集まって、そうした第一原理思考的な話し合いを隔週でやっていきました。そしてチームが増えるたびに、そのミーティングに加わる人が増えていくことになりました。

その話し合いは何カ月くらい続いたんでしょう?

大谷:去年の5〜6月くらいから全体のミーティングをやるようになって、年末くらいまでやっていたと思うので、4〜5カ月くらいはやっていましたね。

着地点を決めないまま抽象的・感覚的な議論にそれだけの時間をかけるというのは、とくに東急のような大企業のプロジェクトにおいては珍しいアプローチだと思います。小池さんとしては不安はありませんでしたか?

小池:もともと大谷さんの思想や価値観と自分のやりたいことにズレがないのはわかっていたので、どう着地するかわからないことに対する不安はなかったですね。むしろ血の通った場所が大手デベロッパーからは生み出しづらいという課題感に対して、大谷さんの提案した「コンセプトを決めないまま、あるべき姿を議論する」という進め方は、解決策になると感じていました。

例えば「エリアごとにそれぞれの色を出していきましょう」という話は街づくりの事例でよく聞きますが、地域性の切り取り方がアイコン的というか、超わかりやすいものを引用して「それが地域性なんです」としてしまうことがある。でも本当は、地域性というのは人とかコミュニティとか街の空気感とか、そうしたもっと機微のあるものから生まれているはず。わかりやすさや伝わりやすさとのトレードオフではあるけれど、地域性の本質を丁寧に紡ぐことが重要であると考えてプロジェクトを推進していました。

着地点を決めずに関わるメンバーと話し合いを進めてきたなかで、どんなアイデアや方向性が最終的にいまの大橋会館につながっていったんでしょうか?

大谷:どういうふうにまとめていったのかについては、実は「まとめなかった」というのがディレクションだったところがあって。このプロジェクトでは大橋会館を自分ごと化してもらえるような多くのプレイヤーに参加してもらったので、想像できる範疇のディレクションをしてしまうと、彼らの自由度が狭まってしまう気がしていました。だから「大橋会館」という漢字四文字のハンコを押せば、その先にあるものは何でもあり、という世界観にしたいと思っていたんです。

とはいえ、最初の数カ月の話し合いで「大橋会館ってこういう場所だよね」という感覚値をみんなで共有しているので、それぞれが自由な舵取りをしていっても、全体としてはどれも大橋会館らしいものになりました。なので「感覚値を共有しながらアウトプットはまとめない」というのが、ディレクションの仕方でもあり、プロジェクトの進め方・収束のさせ方でもあったのかなと思っています。

いまではこの大橋会館の雑多な様子を「池尻大橋らしいミクストカルチャー」と捉えていますが、最初から「ミックスしよう」と言語化していたわけではなかった。それでもこの1年間、みんなで池尻に遊びに行ったり飲みに行ったりするなかで、「池尻だったらこうだよね」という、言語化できない池尻らしさを体感的に持ちながらプロジェクトを進めてきたことで、自然とこうしたミクストカルチャーがつくられていくことになりました。

でもよくよく考えてみれば、池尻という場所自体がいろんな文脈がミックスした場所なんです。通勤時の駅には、スーツを着たサラリーマン、俳優・モデル業をやっているような人、クリエイターのような人たちがごちゃまぜになっていたりする。なので、なるべくコンセプトを言語化しないで感覚的にやってきたんですが、結果的に大橋会館という場所のあり方が街の特性と一致していったように思います。

小池:ぼくもこの1年間、池尻で頻繁に遊ぶようになったのですが、街に対するリアルな感覚値がないとどうしても保守的なアイデアや、成功することがわかっているモデルを選んでしまいがちです。「かっこいいけれどすぐに収益に反映されるかわらかないものを選ぶかどうか」「どの程度マーケティング的な観点を持ち込むかどうか」という最終的な判断をするなかで、この街でたくさん時間を過ごした経験が役に立ったと思っています。

オープンまでの1年3カ月を振り返って、プロジェクトのなかでいちばん大変だったところは何でしたか?

小池:プロジェクトを進めるなかで社内外の関係者がどんどん増えていきましたが、人が増えるにつれてひとつの方向に向かっていく難易度が上がっていきました。もともと大谷さんと「こういうことをやりたいよね」と言って始まり、価値観ベースで人をアサインしているものの、やっぱりそれぞれが描いているものが微妙に異ってきてしまうことがある。その不一致が起こるたびに、一人ひとりと丁寧に向き合って、あるべきビジョンを再定義し続けていかなければいけなかったのがいちばん大変でした。「この手法で解決した」ということはなく、とにかくプロジェクトに関わるみんなと丁寧に話し合っていく必要がありましたね。

リノベーションにカルチャーを

リニューアルされた大橋会館は8月17日に無事オープニングを迎えることになりました。

大谷:オープニングイベントには、おそらく1,000人以上が足を運んでくれました。そしてそのイベントでは、「大橋会館が池尻大橋の中と外をつなぐ接続点になる」という、この相談を受けたときに描いていたビジョンを体現するような光景が見られたんですよね。

具体的にどういう絵をオープニングでつくりたかったかというと、「みんないる」というシーンを最初からイメージしていました。そこに行けば、自分のコミュニティ以外の人たちにも会える場所。そして実際にオープニングでは、来てくれた人たちが「誰々も誰々もいた」というリアクションをInstagramのストーリーで上げてくれることになりました。なのでオープニングイベントは、1年以上かけてつくってきたものが思い描いたかたちになった場だったと思っています。

小池:ぼく自身もオープニングは大橋会館の手応えをいちばん感じた瞬間でした。東急としてこのプロジェクトを始めた理由として、池尻大橋をもっとよいエリアにしていきたいという狙いがありました。これまでデベロッパーが街を盛り上げるときには、とにかくトラフィックを伸ばして不動産の価値を上げるという発想が一般的でしたが、最近では奥渋や清澄白河など、単にトラフィックを上げるだけでなく、もっと違う文脈で街が育ってきています。

そんなふうに単に数を求めるのではなく、街のカルチャーを大切にしながら、意図的・戦略的に街の盛り上がりをつくっていくことがこれからのデベロッパーには求められるんじゃないか。そうしたことを考えながらこのプロジェクトをやってきたので、オープニングはまさに思い描いたシーンが想像できるイベントだったなと思っています。

オープンしてからの手応えをおふたりはどう感じていますか?

大谷:普通の建物だと、オープンしてから「とりあえず1回行って終わり」となることが多いと思います。そうやってトレンドを追いかけて消費するのではなく、大橋会館ではオープニング以降、イベント等の持ち込み企画の問い合わせがたくさん来ているんですね。当初は自分たち発の企画をやっていこうと考えていたんですが、現状は外部からの問い合わせが多く、使い手がこの場所を活用していく、ハックしていくような話が増えているのは理想的なかたちだと思っています。

小池:問い合わせの内容を見ても、「とにかく多くの人に届けたい」というよりも、「コアな人たちに届けたい」というニーズが多いですよね。そうしたことができる「メディアのような場」として使われていくのは、すごくよいことだと思っています。

それらのイベントも含めて、大橋会館のコミュニティをつくっていくためにどんなことをやっていく予定でしょうか?

大谷:立ち上げまでにつくってきた思想を開業後も引き継いでいくために301でコミュニティ・ディレクターを採用して、大橋会館のコミュニティがしっかりとつながっていくためにコミットしてもらいます。つなげていきたい関係性は「縦と横」という言葉で説明をしているんですが、「縦」というのは建物内の各事業者がそれぞれつながっていくこと。「横」というのは建物とローカルがつながっていくこと。そしてその先に、池尻大橋の中と外をつないでいくこと。

その方法論としては、「大橋会館理事会」を定期的に行うことで、プロジェクトの最初に行っていたような抽象的な会話を、今度は大橋会館を運営している人たちで行っていく。そして先ほどお話したイベントでいろんな人を巻き込んでいくことに加えて、「大橋会館新聞」というメディアを通してこの建物の思想や価値観を伝えていく。これらを回していくなかで、「縦と横」の関係性を深めていきたいと思っています。

最後に、「10年後にこの大橋会館がこういう場所になっていたらいいな」という2人の想いを聞かせてください。

小池:大橋会館が池尻大橋のハブになることで、このエリア自体が盛り上がっていってほしいと思っています。そのためには、新しいことにチャレンジしたいと思っている人たち──それは大都市で数を最大化することを望む人たちというよりは、コアな層に届けたいという人たち──に関わっていってもらうことが大切になると思っています。

大谷:これは暫定活用のプロジェクトなので、池尻大橋というエリアにとって大橋会館があったということが「池尻のその先のシーンをつくっていくうえでひとつのターニングポイントになっていったよね」と言われるような、ある種のレジェンドになってほしいと思っています。例えば渋谷でいうと「ON THE CORNER」がまさにそういう場所だったと思うのですが、そのエリアの文化が配合されるきっかけになるような場所に、この大橋会館もしていきたいです。

もうひとつは、この大橋会館というプロジェクトが、日本における建物のつくり方に対するアンチテーゼであり新しい提案になってほしいですね。必ずしも大橋会館と同じやり方じゃなくてもいいかもしれませんが、いまの都市開発や複合施設のあり方に対するオルタナティブな動きが日本中で増えていくといい。その事例のひとつとして、大橋会館があとから振り返ってもらえるような場所になるといいなと思います。

小池:既存の都市開発のオルタナティブということで言えば、リノベーションにカルチャーの文脈を取り入れることの相性は良いと思っているんです。大橋会館もそうですけど、ハードにお金をかけなくても、その未完成感が余白につながったり、深い味わいになったりするのは、不動産視点で言えば投資対効果よくいい空間をつくれるということ。なのでリノベーション物件に積極的にカルチャーの文脈を取り入れていくということが、これからもっと増えていってほしいと思っています。