大橋会館新聞

2023.07.04

制度と習慣のあいだに、
“ずれ”を生じさせる

Edit: Kohei Okura | Interview & text: Takuya Wada | Photo: Ayato Ozawa

リノベーションプロジェクトがローンチし、初夏に開業する池尻大橋「大橋会館」全館の空間デザインを監修する、建築設計事務所「swarm」。様々なチームとのコラボレーションによってデザインの最適解を模索し続けてきた同社主宰/建築デザイナーの日高海渡は、「寛容な状態」を備える建築/空間の鍵になるのは、制度と習慣のあいだに生じる“ずれ”にあると語る。

建築の多様性と寛容性を、いかに担保するか

まず、今回の池尻大橋「大橋会館」リノベーションプロジェクトに関わることになった経緯を教えてください。

今回、大橋会館の4F/5Fに入るホテルレジデンスの企画運営を行う「unito」さんと、大橋会館の開発事業者でもある東急さんが渋谷で手がけているホテルレジデンス「Re-rent Residence」に、インテリアデザインを担う立場で参画したことがご縁となって声をかけていただきました。

swarmは全館のインテリアデザインの設計・監修で参画していますが、デザインスタジオ「& Supply」も2Fシェアオフィス内共有ラウンジ、4Fシェアラウンジのインテリアデザインを担当を担当していますよね。

そうですね。今回、unitoや& Supply、建築・デザイン事務所の「DDAA」といった複数の設計チームが各担当エリアで参画する座組みになっています。また、キュレーションを行う「CEKAI」や5Fサウナ空間の音楽を担当する「Kankyo Records」、1Fのカフェ/バー/レストラン「Massif」を運営する「Terrain」など、関わる人間を意図的に多くしているのがこのプロジェクトのおもしろいところだと思います。

チーミングから寛容な状態をできるだけつくる、と。では、実際に建物や空間に寛容な状態を組み込むにあたっては、どのようなことを重要視しているんでしょうか。

建築や空間における「制度」と「習慣」を改めて問い直して、建築や空間の用途を拡大解釈するトライアルをする。これがチーム全体に走っている価値観だと考えています。

制度と習慣、ですか。

空間が社会に属している以上、そこでやっていいこと/ダメなことというのは、社会的なルールによって決まります。建築や空間に携わる仕事をしていると、そこでの社会的なルールというものが、「制度」と「習慣」に切り分けられていることがわかってくるんです。

例えば、賃貸住宅で飲食店をひらくのは法律(制度)的にアウトですよね。一方で、賃貸物件の壁に画鋲を刺してはいけないというルールは法律では規定されていませんが、大家と契約者との間にあるコミュニケーションや認識、あるいは習慣によって成立しているルールです。建築や住宅には、こうした制度と習慣からなるルールが混在しているんです。

大橋会館では、制度を整理しつつ、「習慣的にだめだと思っていたけど実はできること」を明らかにして、コミュニケーションや仕組み、運用によって制度的に定義されているものと使い手の振る舞い(習慣)のあいだに“ずれ”をつくり、空間でできることを増やしていく、という試みがなされているのがおもしろい点だと思います。

Instagram: @ohkk_ikejiri

建築を拡張する“いえびらき”の作法

その“ずれ”が、大橋会館のどのようなところに現れているんでしょう。

例えば、unitoが4F/5Fのホテルレジデンスで取り入れている「リレント機能」は、月単位で部屋を借りあげた滞在者(居住者)が外泊などで部屋に帰らない日がある場合、unitoがその部屋を別のゲストに貸し出し、その日数に応じて居住者の「家賃」を減額するという独自の仕組みを採用しています。

この仕組みのなかでは、1ヶ月単位の契約をすることで「宿泊者/滞在者」は「居住者/借り手」としての性質を帯び、そこで支払うお金も居住者にとっては「宿泊料金」から「家賃」という意味合いをもつようになります。

法的には建築の用途は「ホテル」と定義されるんですが、借り手にとっては「家」のような感覚が生まれる。一方で、外泊時にその部屋に宿泊するゲストにとってはホテルという認識になります。「リレント」というシステムを通すことで、制度と使い手の振る舞い/認識の間に“ずれ”が生じるんです。

そのずれが、建築や空間の用途においての寛容な状態をつくるヒントになる、と。日高さんは、個人的な活動のなかでも同様の試みを行っていますよね。

そうですね。僕は自宅を「ヨヨギノイエ」と名付けて、リビングをオープンスペースにしています。そこでは、(時に僕抜きでの)ホームパーティーを頻繁に行っていて、撮影スタジオとしても貸し出したりしています。僕はこれを「家開き」と呼んでいるんですが。

オープンスペースとしての「家開き」だけでなく、「住宅」という建築の用途を拡大する意味での「家開き」でもあるわけですよね。

例えば、建築における「住宅」という定義はあるものの、そこに料理人の友達に来てもらって本気のご飯を振る舞ってもらったら、体験としてはほぼレストランですよね。プロのミュージシャンが来て演奏をしたらコンサート会場になる。それを毎日行ってお金をとっていたら、それはもう家ではないし法律的にアウトですが、家を家の範疇にとどめたまま、どこまでやれるか、ずれをつくれるかを考えるのはとてもおもしろいんですよ。意外とやれることがたくさんあって、それは法的に定義された建築の用途ではなく、空間の雰囲気や、そこでのひとの振る舞いがセットになっていると思うんです。

家を家として設計することを超えてクローズドな家のありかたをひらいていく「いえびらき家開き」の考え方と、大橋会館のビルとしての用途のひらきかたは重なり合う部分がとても多いと感じます。

Instagram: @ohkk_ikejiri

場所への寛容さをデザインする

人が流動的に行き交うホテルとしてだけでなく「住まい」としての意味合いができたとき、建物とそれがある場所とのあいだにはある種の固定的な関係が生まれますよね。建物が場所に根ざしたものになっていくというか。そうしたとき、大橋会館という建築物が池尻という場所に対してもひらいていくために、空間のデザインという観点からアプローチしたことはありますか?

東京の街を歩いていると、こんなにもたくさんの空間があるのに、僕が入ることができるのは1%にも満たないんじゃないかと感じることが多々あります。

大橋会館ではそうならないようなアプローチを各フロアで、運用や機能などさまざまなかたちで埋め込む試みがなされていますが、空間デザインという観点からいくと、重要視したのは過度に“セオリーをつくらない”ことなのかなと思います。

セオリーとはどのような?

例えば、素敵な部屋づくりをするうえで「統一感をつくる」というTipsがありますよね。

色や素材の系統を揃える/限定するといったものですよね。

大橋会館においては、そうしたセオリーに依存しないことが重要だと思っています。オフィスやホテルレジデンスをある程度長い期間利用する方がいるという前提がある以上、様々なモノが空間のなかに増えていきますし、そうしたなかでも立ち寄ったゲストがフラットに何かを持ち寄れる空間でもあってほしい。そのときに、空間の統一感というのはそこに“そぐわないもの”を生んでしまいます。

ですから、内装の素材ひとつとっても、例えば同じ木材を使いすぎないなど、異物を許容できる、当事者と第三者の境界線を生まないような空間のしつらえをいかにつくるか。チーム内ではその議論を重ねています。誰でもホストになれる、あるいは友達を呼んでホームパーティーを開催できる。そんな場所にしたいですね。

規定されていないことの強み

日高さんから見て、池尻大橋エリアのおもしろさとはどういったところですか?

池尻は、国道246号線(青山通り)に分断されていて、さらに中目黒、三軒茶屋、“奥渋”と呼ばれるような富ヶ谷周辺など、個性の強い街に囲まれていて、池尻そのものの輪郭はあやふやなイメージが当初から変わらずあるんですが、僕にはそれがとてもポジティブに映っています。

と、いいますと?

隣接するそれぞれの街との間に関係性のなかで地域が成立していて、そこには様々なグラデーションがあるからです。

戦後、都市空間は仕事、商業、生活などが、エリアごとに明確にセグメントされていきました。例えば、東京都心まで通勤をして、生活をするベッドタウン、ニュータウンに帰るといった具合にです。また駅周辺に商業、あるいはオフィスが密集し、徐々に住宅地へと変わっていくというのも日本の都市空間の基本的な構造で、そこでは駅が街を規定していく側面が多分にあります。

しかし、池尻は強い駅前空間がなく、良い意味で駅が街を規定しすぎていないエリアだというのが僕の印象です。生活と生産(仕事)が地続きに混在していて、かつ周辺エリアとのグラデーションが高い密度で存在している。個人的にはそういう街のほうが魅力的ですし、これからより重要な都市空間のありかたになっていくのではないでしょうか。

建築は、基本的にハードをつくってしまったらそこでおしまい、というのが一般的なんですが、僕自身が大橋会館にオフィスを構える予定なので、つくった建築物と空間を見続けられる。空間は運用が何より大事なので、そこに設計側が携わり続ける余地があることが、このプロジェクトの大きな魅力でもあると思っています。

Instagram: @ohkk_ikejiri

PROFILE

日高海渡

KAITO HIDAKA

1988年東京都生まれ。東京工業大学大学院建築学専攻修了。アトリエ・ワン勤務後、独立し日高海渡建築設計を設立。2019年5月に株式会社swarmを創業。領域を横断した専門家との協働によって、空間に関する社会課題に企画、設計、運用といった多角的なアプローチから取り組んでいる。